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orcaを俺色に染めてみる

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 ここ数日、いよいよ始まる夏の合宿シーズンの準備と
じとじと鬱陶しい梅雨時の天候に体も心も圧されて、
全然自転車に乗れない日々が続いていました。当然
ブログの更新も滞ってしまいます。

一旦リズムを崩すと、修復に結構時間がかかってしまう。

そんな時、文章を書く、という行為もこれは一体誰のために
やっているのかと時に自省モードに入ってしまうことがあります。

仕事の一貫?
ただの日課として?
誰かに読んで欲しいのか?

とりあえずここ数日煩悶として、やっとこうして再び
筆を取るようになったのですが、きっかけはあるテレビ番組でした。

人間、年とともに可聴音域が狭くなり、高音から聞こえなくなって
行きます、モスキート音を使ってゲストパネラーの
耳年齢をチェックする企画をやっていました。

60、50、40代と何気なくやり過ごしていて30代の平均聴力の
高さに差し掛かったとき、突然テレビから出ていた音が消えました。
一瞬何かの故障かと、テレビの音量なんぞを確認しますが、異常は
ありません。そしてモニターの中の出演者は当たり前の様に音を
聞いているようです。目を疑うだけではなく、耳を疑いました。

ずっと音楽をやっていたので、むしろ普通の人よりかは耳がいいと
自認していただけに実は結構ショックを受けていたのです。

まあ、よく考えたら爆音でギター弾いたり、アレンジするために
長時間ヘッドホンして音を聴き続けたりと、耳に優しくない半生を
送ってきただけに当然なのかもしれません。

当たり前ですが、人間の体は老化していく、という事実を
改めて突きつけられたのです。もう35歳。ちょっと、ため息が
出ます。

感覚器官も、脳も使わなければ劣化していく年代です。
そして文章を書く、という行為は自分が思っている以上に
脳を使っていると感じる事が有りました。

文章を構成し、表現を考え、頭の中に広がる情景や
イメージ、伝えたい事。それを文字として現世に受胎させて
行く。

ブログを書く、という名目がなければ文章を造るという行為も
日常では中々ないものです。そしてこれは脳のトレーニングにも
非常にいいのです。

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また、前置きが長くなってしまいました。そんなこんなでまた
細々と文字を連ねていくのです。

オルベアorca
第二世代のこのオルカも、色あせる事なく自転車乗り達の心を
引きつけ続ける存在だと思います。

そしてこの春からゆっくりとオルカの補修を進めてきました。
ようやく表面処理が整い、色を載せる段階に。

オリジナルのホワイトパールで仕上げるつもりが、やっていくと
ついつい遊びたくなってしまうのです。なぜかガンメタルで
仕上げてみたくなってしまいました。

一旦試し塗りして、イメージを作って見ます。
これはこれでかっこいいのではないでしょうか。

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ダンスの宿
ちきちきばんばん

営業中!いつかはロードバイクの宿としてもやって行きたい。

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僕はorcaに恋してる 6 カーボンフレームに咒(まじない)が込められていた時代

初めて買った本物のロードバイクは確かこんな感じのものだった。

当時の写真が残っていたらいいのだけれど、生憎と僕は細かく写真を撮ったり
昔のアルバムをニヤニヤしながら眺めるような趣味がない。

およそ写真とか、記録の類に興味のない人間なのだ

これを上三分の一が赤
真ん中三分の一が紺色
下三分の一が赤く

塗り分けられていて、結構傷も多かったように思う。

2008~9年というと今のようにミドルグレード、下手をすると入門車のレベルで
カーボン製品が展開されている時代ではなく

まだまだカーボンといえば憧れの高級車のイメージが強かった頃だと思う。

新世代のマドンだったり
LOOK595だったり
ピナレロプリンスだったり
orcaとともにそのへんのバイクたちに強烈な憧れを持っていた。

思えばこの時期はカーボンフレームにおけるカンブリア期のような時代だったんじゃ
ないかなと勝手に僕は思っていて。

地球生命が様々な進化の可能性を求めて爆発的にその種の数を増やし、

そして淘汰されながら生命のフォルムを模索していた時代。


今の地上の生物からは到底想像できないようなヘンテコリンな生命体がうようよしていた頃。

まだいろんなメーカーが試行錯誤しながらカーボンの方向性を探っていて
それはそれは個性豊かなフレームが生み出され

その中のいくつかは製作者の怨念じみた思いが込められているのか、よくわからない
オーラを発するものが沢山あったような気がする。

実際に僕が所有している、また食指が動くフレームの多くがこの年代のモノに集中してしまうのは

僕の思い出補正なのか、それともまだ未成熟だったカーボン技術の中で新しい物に挑戦しようとするビルダー達の熱気が渦巻いていた、そんな時代なのか。

話を僕の初ロードに戻す。

後から聞いた話だが、某高田馬場の小さいけれどそれなりに名の通ったバイクショップのオーナーに整備を頼んだところ、

フレームの出自はジャイアントで京都の大学の競技自転車部のレース機材として提供されていたものだと教えてくれた。

とにかく古いものでステムなんかは、スレッドタイプのものだった。


コンポは9速時代のアルテグラ。BBはもちろんオクタリンク。

懐古趣味に当たるような品だったんだけれど、知識のなかった僕はそれが
古い規格ともわからないで、とにかくカーボンだということで喜び勇んで
乗り回していた。

今になって思うけれど、細身のそのバイクはなかなかしなやかで乗り心地のよい物だった。

ビンディングペダルも試してみた。
モッコリパンツも履いてみた。


徐々にロードの世界にはまりつつある、28の秋。

周りの友達はスポーツといえばサッカーばかりしていたが
僕は全然興味が持てず、一人自転車に乗り込み変人扱いをされていた。

お前ら、後々スポーツバイクブームが来るなんて思っても見なかっただろう!


そしてそんな彼らが今や僕にいいバイクを紹介してくれと頼んでくるのだ。


ふふふ、僕は先見の明がある



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