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僕はorcaに恋してる 6 カーボンフレームに咒(まじない)が込められていた時代

初めて買った本物のロードバイクは確かこんな感じのものだった。

当時の写真が残っていたらいいのだけれど、生憎と僕は細かく写真を撮ったり
昔のアルバムをニヤニヤしながら眺めるような趣味がない。

およそ写真とか、記録の類に興味のない人間なのだ

これを上三分の一が赤
真ん中三分の一が紺色
下三分の一が赤く

塗り分けられていて、結構傷も多かったように思う。

2008~9年というと今のようにミドルグレード、下手をすると入門車のレベルで
カーボン製品が展開されている時代ではなく

まだまだカーボンといえば憧れの高級車のイメージが強かった頃だと思う。

新世代のマドンだったり
LOOK595だったり
ピナレロプリンスだったり
orcaとともにそのへんのバイクたちに強烈な憧れを持っていた。

思えばこの時期はカーボンフレームにおけるカンブリア期のような時代だったんじゃ
ないかなと勝手に僕は思っていて。

地球生命が様々な進化の可能性を求めて爆発的にその種の数を増やし、

そして淘汰されながら生命のフォルムを模索していた時代。


今の地上の生物からは到底想像できないようなヘンテコリンな生命体がうようよしていた頃。

まだいろんなメーカーが試行錯誤しながらカーボンの方向性を探っていて
それはそれは個性豊かなフレームが生み出され

その中のいくつかは製作者の怨念じみた思いが込められているのか、よくわからない
オーラを発するものが沢山あったような気がする。

実際に僕が所有している、また食指が動くフレームの多くがこの年代のモノに集中してしまうのは

僕の思い出補正なのか、それともまだ未成熟だったカーボン技術の中で新しい物に挑戦しようとするビルダー達の熱気が渦巻いていた、そんな時代なのか。

話を僕の初ロードに戻す。

後から聞いた話だが、某高田馬場の小さいけれどそれなりに名の通ったバイクショップのオーナーに整備を頼んだところ、

フレームの出自はジャイアントで京都の大学の競技自転車部のレース機材として提供されていたものだと教えてくれた。

とにかく古いものでステムなんかは、スレッドタイプのものだった。


コンポは9速時代のアルテグラ。BBはもちろんオクタリンク。

懐古趣味に当たるような品だったんだけれど、知識のなかった僕はそれが
古い規格ともわからないで、とにかくカーボンだということで喜び勇んで
乗り回していた。

今になって思うけれど、細身のそのバイクはなかなかしなやかで乗り心地のよい物だった。

ビンディングペダルも試してみた。
モッコリパンツも履いてみた。


徐々にロードの世界にはまりつつある、28の秋。

周りの友達はスポーツといえばサッカーばかりしていたが
僕は全然興味が持てず、一人自転車に乗り込み変人扱いをされていた。

お前ら、後々スポーツバイクブームが来るなんて思っても見なかっただろう!


そしてそんな彼らが今や僕にいいバイクを紹介してくれと頼んでくるのだ。


ふふふ、僕は先見の明がある



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僕はorcaに恋してる 7 罪は罪で帳尻を合わせてくる世界だ。※再掲載内容若干変わっています。

2008年の冬を越す前に僕はかなりショッキングな事件に遭遇する。

簡単に言ってしまうとそれまで6年間ほど続けていたバイトが
あるトラブルに巻き込まれてクビになってしまうのだ。

精神的にも経済的にもかなり追い詰められることになってしまったが、
この事件が元で結果的にある大きな哲学を持つようになる。

善には善で、悪には悪で

それぞれが行ったとおりにその因果の報いを受ける世界なんだということ

目には見えなくても神は全てをご覧になっている。
そしてその行いの責任と帳尻はすべて採算が合うようになっているのだ

目先の小さな欲に溺れてつまらない罪を重ねてしまう。
その報いは必ずその本人に帰ってくる。

できる限り人には善を持って、真実を持って

そして人を信じ、仮にその結果が自分にとって一時の不利益をもたらすとしても

それが神の目にかなう行為ならばその帳尻はむしろ自分にとってより大きなものとなって帰ってくる。

キリストが人類の罪を十字架として背負い、救いの道を開いたような

大仰な話ではないけれど、

近しい人間の痛みを、罪を背負ってあげるならそれは自分にとって
有益となって帰ってくる。

数年して僕はorcaを手に入れるようになる。

それどころかもっとたくさんの
憧れたロードバイク達に囲まれて暮らしている。それも、行った通りになんだろう。

そういうことを分からずにケチでせこい人生を生きていたなら、きっと僕の
人生は詰んでしまっていたはずだ。

しかし、当時の僕はそんなことはわからず生活は厳しく、冬は迫ってくる。

それまでは自由気ままに思えていたフリーター暮らしが
途端に惨めなものに感じられた。

それでも家に帰ると、件のカーボンロードが僕を迎えてくれるのが
せめてもの慰めだった。

そしてorcaへの思いは一層募っていく。

さて、一体どうしたものか・・・・

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