カテゴリー別アーカイブ: scott addict SL

インプレッション scott addictSL 神々住まうの頂に至るために 5

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トップチューブを握ると感じるわずかに撓んだ感触。720gという実測重量を念頭に置くと普通になら頼りなく感じてしまうような要因も、ことaddictSLに関してはむしろ登り坂に挑むときに背中を押してくれる要因に変わる。

8000m級の神々の領域を攻める登山家が、命を顧みず極限まで荷を削るのは、実際に身を軽くするのと同時に生身のままでは、人のままではたどり着けない領域にいたるための禊のような物だ

と何かの本で読んだような気がする。

重荷を軽くする、という行為自体に意味があるのかもしれない。命を繋ぎとめるためのギアを一つ一つそぎ落としながら、逆に命を繋ぎとめる何かを一つ一つ内奥の火にくべていく。

弱くなることで強く
薄くなることで硬く

だから、addictSLの極限まで削り落とされた躯体から感じる危うさ、ある種の不健全なまでに研ぎ澄まされたかのような印象はむしろ、本気で走ろうとするほどに頼もしさに変わって行くのだ。

これはもう、単純に数値で何グラムとか比重剛性がどうとか、目に見える話ではない。もっと奥にある、いわば霊的な領域の話かもしれない。

人間のままでは踏み込めない領域に挑む機会なんて、おそらく人生の中で味わう事なんて無いと思う。

それでも、いつもロードバイクにまたがって坂道に相挑む時には、心の何処かが意固地になって自分の限界に牙を突き立てようとする。

そんな時は意図的に下界の事、
例えば家族だったり、
仕事だったり
学業だったり、

そういう、自分を構成する要因を強くく、ペダルを踏みしめる度に一枚一枚脱ぎ捨てて魂を軽くしながら登っていくのだ。

コーナーをぬけて、新しい視界が開ける度に湾曲する登り坂がいつ果てるともなく続いていく。

悲鳴をあげる心肺や意識とは裏腹に、魂は坂を昇る度にしがらみを脱ぎ捨て削り出しの無垢な塊に近づいてゆく。

ヒルクライムは何処か哲学的だったり宗教的だったり、神に挑もうとする人間の知性を感じてしまうのだ。

それは、神の領域に挑もうとする登山家にも少しにている。

 

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addictslは、挑む峠は日常的な物だったとしてもその道を、神に挑む天空の回廊へと、削ぎ落とされた駆体と精神性を持って乗り手を誘ってくれるのだ。

もちろん平地でも刹那的なほどにスムースに走る。下りも、一時の扱いの軽さにさえ慣れてしまえば御しやすい。やわなバイクではない。耐久性だって問題ない。

だけど意図的に何かのヒリつくような感じを残している

cr1.先代addictと、常に軽量バイクのトップランナーだったscootは、ついには魂までも軽く飛翔させるためのバイクを作ろうとしたんじゃなかろうか、と妄想を逞しくしてみる。

まとめに入ろう

addictslは、軽量だけと危うく無い、というトレンドのバイクではない。

軽量化のもたらすリスクを内包させて、個性にまで昇華させてしまった存在。

生存帰還ギリギリのラインまで荷物を削ることで寧ろ強くなる登山家の魂と同質な物。

薄いから、硬い
危ういから、強い

薄いカーボンの外殻の中には、目に見えず質量を持たない何らかがびっしりと詰め込まれているようにも思えてくる。

もちろんこれら全ては僕の妄想にすぎないのだけれど。

もし何処かの峠で同じaddictslに跨がり、求道者のように坂を上がるライダーに遭遇したら。

きっと軽く視線を交わすだけで、またお互いに黙々と坂に、そして自分の内奥に向き合っていくのだ。

これは自分の中の神の領域に挑むためのバイクなのだから。

 

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scott addict SL 神々の住まう頂に至るために 4

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フレーム重量が700gを下回るモデルの登場によって第二次軽量化戦争の幕が切って落とされるその反面

そんなに軽くして意味があるのか?と言う疑いも当然のように沸いてくる。そもそも大きな大会ではロードバイクの重量は6.8kgを下回ってはいけないのだ。

細いパイプを組み合わせてフレームをつくり、ヘルメット一つ被った生身の人間が下手したら時速100kmを超えるスピードの中に命を投げ込むのだ。ある程度重量を規制する事で安全性を確保するのは当然の事だろう。

じゃあ軽いバイクは良く走るのか?

LOOK、COLNAGO、TIME、ピナレロetc….

およそ重量を気にしない(全く気にしないわけではないけれど、どちらかというとマーケティングイメージのためにブランド最軽量、なんて打ち出し方をしている位で)この辺のバイクはハイエンドでも結構重いのが実際の所。

一度鎮火したかのように見えた軽量化の熱に、再び風を送り火を起こしてしまったsuperSIX evo だけれど、こいつは軽さを念頭において設計された物じゃないのでは、とひそかに睨んでいる。

クリエイターが表現したい走りの世界があって、それを表現するためにはそれまでカーボン製法の中でどうしても発生してしまう余分な樹脂、繊維の皺や偏り、余分な積層や贅肉が邪魔になってくる。

それらを技術的な革新を持って解決し、理想の走行感に至ったときに結果として超軽量なフレームになってしまったのではないか、と。

別に僕は技術屋でもなんでもないので勝手な妄想なのだけれど、そういうフレームだったら嬉しいなあ、と考えているのだ。

もう一つ、フェザーのようなバイクの流れを勢いづけたのは日本の誇るスポーツギアメーカー、ヨネックスの作ったフレームなんだと思う。

こちらは技術力と蓄積と情熱は十分にあるが、ブランド力の足りないメーカーが業界に殴り込みをかけるためにアンダー700gの衝撃を利用したのじゃないか、と邪推してみる。

ヨネックスのカーボン技術を持ってすれば、この軽さでもここまで安定したフレームが作れますよ。と。いい意味でいかにも日本的なモデル。

じゃあ、addictはどうなんだ?これこそ、正しく軽くする事を至上として軽さの為に作られたフレームなのだ。とあえて言い切ってみる。

 

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軽く、強い素材を使い、応力を計算して使用する素材の量を極限まで削っていく。軽くてもやわだったら走らない。軽くて走らないフレームほど罪深いフレームはない。プロの脚力を受け止める剛性を残しながら、極限までその躯体を削り込んでいく。

減量で肉体を精神を極限まで研ぎ澄まし、剃刀のように鋭利な存在へと己を昇華していくボクサーのような

防御をすて、旋回性と敏速性にすべてを掛けて大空の侍といわれたゼロ戦のような。

だからaddictにまたがり、平地を滑空し、下り坂ではヒラリヒラリと舞下り、そのまま天空まで登っていってしまいそうな登坂を堪能しながら

何処かでは刹那的な、背徳的な、そして不健全な何かを感じ取ってしまうのだ。といってもそれは決してネガティブな物ではないのだけれど。

evoもヨネックスも全うに軽く、丈夫で洗練されていて、なにより健全で明るい。

かたやaddictは。

正しく軽量化の持つ危うさや刹那的な感覚を残してくれている。だから見方を変えると、己を削り、何かを犠牲にして高みに至ろうとする観点から言うならaddictの方が前述の二台よりも健全で全うなのかも知れない。

まあ、かと言って乗っていて不安になるとか神経質になるとかそういう話ではないのでこれからaddictを買おうかと考えている時に障害になるような話しではない。個性の話なのだ

VOL5に続く

 

SCOTT ADDICT SL 神々の住まう頂きに至るために3

旧約聖書、後にイスラエル民族の
祖となる、ヤコブは腰の筋を痛めて
いた。

兄エサウが受け継ぐはずの長子権を
知恵を使って持って彼が継承してしまう。

その事に怒りを覚えたエサウから身を
遠ざけるために、叔父ラバンの元に
身を寄せるようになるのだが。

その道程のある一夜、ある存在と格闘
することになる。この存在は神の御使
でもある、とも言われている。

御使いは劣勢にたたされて、ヤコブの
「もものつがい」を打つ。そしてヤコブは
弱くなってしまう。

このエピソードの解釈は他に譲るとして
なぜ急にこんな話を持ち出したのか。

どうやらこの数日ADDICTSLに乗り込み、いくつかの峠を越えてくる中、腿の筋を少しいためてしまったようなのだ。

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フレームセット重量アンダー1000g
スラムレッドとレイノルズのカーボン
ホイールで組み付けた僕のADDICT
はペダル込み5.5kgをマークした。

もう少しやれば4kg台も夢じゃない
のだけれど、この辺から人のままでは
超えられない一線が顔を見せ始める

この先はわずか数十グラム、
下手したら数グラムを削るために万
単位の金額がかかる事もざらである。

お金がかかるだけならまだしも、軽くする
事で剛性、耐久性を犠牲にしなければ
ならないケースまで出てくるのだ。

およそ知覚できないような僅かな減量の
為に、性能と預金残高、そして家族の
信用を天秤にかけるのだとしたら。

幸いにもその一線を越えてしまわない
位の理性は僕にもまだ残っている。

とにかく、これだけ軽い車体だ。
登りでは厳然たるアドバンテージを
与えてくれる。しかし。僕は腰を痛めて
しまったのだ。

もっと車重の重い、LOOKなんかは
上り坂の最中でも常に下支えしてくれ
ているような感覚がある。

人間が傲慢にならないぎりぎりの加減
で、人知れずライダーの背中を押して
くれているような。
そしてそれは他のバイクに乗り換えて
みて初めて分かるような物だったりする

じゃあこのADDICTはどうなのか。
はじけるような軽快な登坂力。
羽のように軽やかな挙動。
シルキーな走行感と、巡航性。
そして驚く程に下りがいい。

この全ての要素が高次元でブレンド
されている。数日間乗り込んで
みた限りでは、文句のつけ様がない。

そして、雄弁にこう語りかけてくるのだ。

「天空の神々に挑む武器はすべて与え
た。もうこれ以上出すものはないから、
後はお前が何とかしろ。」

完璧な性能を持って、ある意味ライダー
を突き放しにかかってくる様な気がする。

さらに言うなら、僕のエンジンの性能では
到底天空の門扉に楔を打ち込むには至ら
ないことが見透かされているようで、

なにか悔しく、ついついオーバーペースに
なってしまった。結果。腰を痛めてしまった

これは完全に僕の鍛錬不足であり
身からでた錆び。ADDICTには一遍の
非もない。まあ一晩も寝れば治る
だろうけれど。

神聖さをもって生者を拒む急峻を
火急速やかに陥落させるために
極限まで装備を削る命しらずの登山家
のように、ADDICTも極限なのだ。

だから、どこか偏屈で、気高い。

VOL4へ続く