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time vxrsそこだけ空間が切り取られたような 5

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実際にvxsr に、595 に、そういうバイクに
またがってみる。

といってもまだvxsr には
ほんのポジション出し程度にしか触れていないのだけれど。

硬いか、と言われればそこまで硬くはない。
しなるのか?と言われれば確かに
しなっている。

でもそれ以上に皮膚が一番に僕に伝えてくる感触は

しっかりしている

なのだ。

強い、とか硬いと表現するよりは、
強靭という言葉が一番しっくりくる。

595もvxsrもそれぞれに特性はあるんだけれど、この点においては共通した感覚かもしれない。

そしてこの感触は今の最新鋭のフレームにはあまり感じない感覚なのだ。

良くフレームを測る上で剛性という言葉が
使われる。今回持ち出した、強靭さ、というのは剛性とは似て非なる物だと思って欲しい。

峠の少し荒れた、長い坂道を下る時
ハンドルとサドル越しに皮膚が伝えてくる。

このバイクは自分の命を預けるに足る物だ。と。

今までこの感覚は何なのだろうと疑問だったのだけれど今回数回にわけて言葉にしているうちにやっと形になってきた。

フレームを支配する理(ことわり )
それが皮膚感覚で理解しやすいのだ。

多分、理解出来る範疇の工学的な理屈の中で作られている事が本能的に伝わってくるからなのだろか。

もしかしたら、それは魂とか霊感とかそういうちょっとロマンチックな物だったりするのかもしれない。

どこまで力を加えると、どこまでフレームは堪えてしなり初めてどういう挙動を見せるのか。それが人間が常用するトルクの延長上に設定されているから、まるで手足を
振り回すかの如くバイクの挙動に親和性が生まれる。

上記の強靭さと、もしかしたら霊的なエッセンスも相乗して乗り手はバイクと一体になって何処までもまだ見ぬ景色へと誘われていくのだ。

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乗り物としての自転車は肝心の動力部を人間に委ねられている。それ自体では完結できない乗り物。

だから人間と自転車は寄り添って進歩してきたはずなのに。

そこの所は人間と犬の関係にちょっと似ている所がある気がする。

けれどここしばらくの機材の発展はいよいよ自転車が人間を置き去りにして進み始めてしまったんじゃないか。

そんな思いに駆られることも少なくない。

正直な事を告白すると、僕は進みすぎた社会と科学が人間を隷属させるSF のようなディストピアの足音が至る所で聞こえ始めている気がしてならなくて

夜中にどうしようもなく息苦しくなるときがたまにあるのだ。

だからこういう無骨なバイクに本能的に惹かれてしまうのかもしれない。

595も、vxsrもまだ自転車は人間に寄り添っているよ、と語りかけてくるのだ。

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