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パーツインプレッション 新型dura-ace BR R-9100

ボディの肥大化、ブースター増設、構造の単純化。黒塗りの塗装は、「dura-ace」のアイデンティティの一つである

「超超ジェラルミンによる構造体」という事実をみずから否定するかの様にも思えてくる。

 

新しくなった9100系デュラエースは、それまでのデュラエースの系譜からは外れてしまった物。進化の特異点。

そんな感想を、妄想を抱かざるを得ない一連の記事の続きでございまする。

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7700~7800~7900 の過去のデュラエース、ブレーキの進歩は非常にわかりやすい。

より軽量に、より強靭に、安定した制動力を。そして7900~9000系は飛躍的な進化を遂げる

構造を完全に変化させ、制動力だけではなくて自然な減速感を産み出し、最高のキャリパーブレーキの称号を手に入れるに至った9000系のブレーキ。

 

ネットに散見している9000系ブレーキに対する各種レビューを見ていると、減速フィーリングの進化を賞賛してるものが多数あることに気づかされました。剛性やストッピングパワーの向上はもちろんのことでありますが、それ以上にこの点においてシマノブレーキがついにカンパの官能性に並び始めたと。

 

カタログ的、数字的な制動力においては優秀でありながら、機械じみた無機質なシマノのブレーキフィーリングは、常に何がどうしてこんなに気持ちいいのか良くわからんが、それでも使っていてやっぱり気持ちのいいカンパのコンポ郡と比較され続け、それによってはっきりとユーザーの住み分けもできていたように思います。

 

それが、9000系への進化によってついにその壁が崩れ始めたと。

9000系のブレーキは、握ってスピードを殺すその作業そのものが味になったと。多くのユーザーが語る。

 

坂道で、コーナー手前でブレーキレーを握る。速度を調整し安全性をはかり適切な速度でコーナーを抜けていく。これまではまさしく作業的、機械的だったシマノのブレーキ。もちろん制動力という面に関して十二分すぎる程の働きはしていた物の、その一連の動作自体は、やはり安全性を確保するための作業に過ぎなかった部分。いうならば走る為に、止まる。

 

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9000系において、またカンパ郡においてブレーキレバーを握り制動がかかる一連の動作がなぜ心地良いのか、味があるのか。止まる行為それ自体にすら味があるのか。

おそらくだけれど、刻一刻と変わる視覚、聴覚、体に作用する重力、慣性の変化によって体感する速度の変化に対し、求める制動力とそれに必要なレバーを握り込む力が限りなく近く、そして制動力の作用する曲線が自然なラインを描くようになったから。

時速40kmで疾走する物体が、何メートルで止まることができるかと言った数字的な制動力とは別に、どのくらいの力をかけたらどのくらい減速するか、というもうひとつの要素が大きく変化したのが9000系ブレーキの革命的な進化だったのだと思われます。

 

こうバイクを動かしたいというイメージと入力に対して、実際にバイクがきちんと反映してくれる。ライダーにとって強烈な制動力よりも精神にプラスの影響を与えてくれる要素です。

 

9000系ブレーキにシャマル・ミレ等特殊加工をブレーキ面に施したホイールを組み合わせてみると、確かにこれまでの自分が握っていたブレーキは一体なんだったのか、と思ってしまう程のコントロール性。この思いのままに加減速を操れる感覚。

今までの自転車では当たり前だと思っていた制動に関する感覚が、実はまだまだ何枚も膜がかけられ、感覚と実際は差異が存在している物だと思い知らされる。

下手すると怖くて他のバイクが乗れなくなってしまうくらいの代物です。ちょっと言い過ぎたかもですが。走る為に止まる物だったブレーキが、止まる為に走る、そんな逆転減少すら起金に代物。

 

とにかく、下り坂、コーナー手前、ブレーキを握り減速。体にGがかかり景色の流れるスピートど風きり音が変化する。その変化そのものが楽しくて仕方ない。

自転車にまだこんな味わいがあったのかと驚かされます。これまでのシマノになかった味わい。それが9000系を銘器である要因の大きな部分。

 

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ならば、一見過剰なまでの剛性を演出する9100系のブレーキはどうなのでしょうか。

どれだけ強烈な制動力を発揮したとしてもそれが生体感覚とかけ離れた物になっていたら、それは進化ではなく堕落と断じることも致し方ありません。

が、実に残念なことに木島平は既に雪に包まれ、どれだけ制動力を発揮するブレーキがあったとしても走ることはかなわないのであります・・ああ残念だ残念だ。まあそれでも書かざるを得ない気持ちをどうか汲み取ってやってくださいませ。

 

 

と、キャリパーブレーキとして、ジェラルミン構造体として、美しく丹精であるべきロードバイクに装着させるパーツとしては神々の頂きに達していたような9000系をオーバーチューンしてしまったかのような9100系。

そう考えると、どうしてもディスクブレーキの制動力に対抗しようとしたが故の結果体なのでは、ということを考えてしまうのですが、長くなってしまったので次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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