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パーツインプレッション 新型デュラエース shimano BR-R9100

シマノの9000系ブレーキの登場によって、キャリパーブレーキというジャンルは新たな領域に踏み込んだとする。

すでにカンパは制動力に官能性を組み込んでいた物の、決してメインストリームとは言えない立ち位置である事を考慮した上で。

それまでのキャリパーブレーキの優劣を語るには、止まる、止まらない。ゾロアスター教のようにシンプルな善悪二元論で基本的には事足りていたと思う。

9000系ブレーキ以後の、そう単純にはブレーキの良し悪しを論じれなくなった状況、その中でシマノは9100系をもってどんな方向性を示してくるのか。 ツァラトゥストゥラはかく語りけり

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それまでのシマノを主流とするロード用キャリパーブレーキの流れは、いかに良く止まり、軽いか。言い換えれば

いかに固く軽く造れるか。そう単純に割り切ってしまってもあまり差支えがない。基本的に良いものは良く止まり、軽く、そして高価になっていく。一部の超軽量ブレーキ何かにカテゴライズされるキワモノ何かを除いて。

 

もちろん、カンパをはじめ、制動力が人間の感性に訴えかける様な物は存在していたけれど、価格、流通性などによって主流ではなかったように思う。

 

そして、シマノが9000系によって、それまでのブレーキの価値観とはすこし違った方に舵を振ってきた。上のグレードに行くほど、絶対的な制動力が増していくのはもちろんの事。

重視されたのは減速の過程。どのような変化曲線を描くなら乗り手のレバーを握る力加減と実際の速度変化が一致していると感じれるのか。その速度の推移を乗り手が、完全に掌握していると錯覚させることができるのか。

そしてそれは、今までのシマノ主流とする、シンプルにブレーキの良し悪しを論じる事ができていた価値観、をもう少し複雑でファジーな物にしてしまったのではなかろうかと。とそんな事を考えていたのが前回まで。

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シマノが動けば業界が変わる。9000系を起点としてキャリパーブレーキを測る天秤は、違った物に変化していくのではなかろうかと。

 

そういう目で9000系を見てみると、重量増も機構の複雑化も、ただただ制動力の強化を狙った物ではなく、全く違ったブレーキの世界を演出するための物にみえてくる。そして、9100系はどうなのだ

 

ちなみに、この記事を書きながら、いまだ9100系の試乗をしていない。外は雪に閉ざされてしまっている。

360度、そして裏側まで眺め倒し、今度は目隠しをして指先の感覚を研ぎ澄まし、筋骨隆々たる体躯の内側の筋も腱も感じ取れるほどに撫で回した。

金属と油の匂いをくんかくんかと至近距離から鼻腔に含み、立ち上るのは叢のなかを駆け回り、すこし汗ばんだヤギの薫り。わずかな喘ぎをもって蠢動するベアリングの駆動に耳を澄ます。そして脳は快楽物質に満たされる。そのくらいはやったかもしれない。五感で残っているのは味覚くらいなものか。

さすがに舐め回してしまったら人としての一線を超えてしまう。

 

が、肝心の制動力はまだ未体験のままなのである。その状態であれこれ妄想をふくらませている段階であることを念頭に記事を読んで欲しい。

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昨今流行の太めのタイヤに対応するためにアーチが広がったのはいい。アジャストレバーが内側に折りたたまれて、外観のスタイリッシュさと空力の向上を図ったのもまだ頷ける。空力?果たしてこの部分にエアロを求める人種がどれほどいるのかとも考えてしまうけれど、まあ仕方ない。ラチェットがなくなり、調整用レバーとしての機能が無くなってしまったことについては残念の一言。開放レバーでブレーキ調整をするのは本来の仕様ではないので、シマノがやめろと言ったらそれはそれで何がしかの意味があるのだと思いまする。

 

問題は、あの肥大化したボディ。何度も言うように肥大化したボディ。ロードバイクに組み付けるには、いささか部品として多すぎると何度も書いてきたし、今もその感覚は揺るがない。そして大きくなり、ブースター増設によって重量がましているという事実。

 

確かに制動力は上がるだろう。が、果たしてあの恍惚とする9000系からの官能性追求方向は残されているのだろうか。

もし、このチューニングがただただ力任せにリムを鷲掴み、人間感覚をおいていく程のストッピングパワーを発揮してしまっているとしたら、ちょっと認めるわけにはいかないのだ。

 

もちろんこれらのチューニングがさらなる官能性を導き出している可能性もある。すべては乗ってみなければわからない。

 

そこで思い当たってしまうのが、ディスクロードがいよいよ普及し始めたという事実。

キャリパーブレーキでありながらも、デュラエースという名を冠するからにはディスクロードの制動力とも比較されてしまう事を恐れての、ストッピングパワー全振りチューン、ということもありうるのだろうか。

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9000系をさらに発展させたような制動力と官能性の追求なのか。

それとも、キャリパーでありながらディスクの制動力に挑まざるを得なかったドンキホーテのような存在なのか。

 

長い時間とデータの積み重ねの果てに、ロードバイクの制動力と愉悦感のバランスを極めようとしているキャリパーブレーキ。

 

絶対的な制動力はあっても、ロードとMTBでは求められる性能とバランスは異なっているはず。そういう意味ではまだまだ成熟していないロードのディスクブレーキ。

 

9100系になんとなく感じる歪さは、この二つの価値観の間で揺れ動く今のシマノの現状をあらわしているのではなかろうかと。そんなこんなで長々とした妄想を終えようと思います。

 

 

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