サイクリストにとって、スネ毛とは何を意味するのか(胎動)

昨日、サイクリストとスネ毛についての永劫なる
戦いの輪舞(ロンド)について書き始めた。

不定期連載といい、次はいつになるか、と言いながら
翌日には次の記事が投下されてしまう。

アマゾンで買った商品が次の日の午前中には到着してしまう
時代だ。どうか、許して欲しい。

あれから僕の頭の中は常にスネ毛のことでいっぱいった。
寝ても覚めても、その事が頭から離れない。

初恋に身を焦がす少女のように
その感情を言語に変換し、自分を落ち着かせる術を見いだせないままだ

すね毛について語る前に一つの前置きを挟まなければならない。
それは僕の過去について。

小学生までの僕はとてつもない肥満体だった。
勿論アメリカレベルの
自力ではベットから立ち上がれないような物ではなかったが

中学校に入り、様々な要因によって痩せることに成功した。
しかし冷酷なる現実をその後に知るようになる。

「一度太った人間は必ずその痕跡を体に残すのだ」

それは例えば
セミが七日でその生を全うする
とか
バナナの皮を踏んだら滑る
とか
軒先で鮒寿司をつけていると熊が匂いにつられてくる

のように、当たり前の真理としてこの世に存在し
僕の体と心にも消えない呪縛を残す。

二の腕に、太ももに、消えない脂肪。

体全体のラインがどことなく丸みを帯びてしまう。
骨格や筋肉の問題ではない。

20代前後、僕の体型は同世代の男性よりは
比較したらスリムな法だったと思う。しかし前期の理由により
どことなく丸みがあるのだ。

もっとわかりやすく言ってしまうとどことなく中性的な雰囲気を
醸し出してしまう。

当時交友のあった友人、特に女友達から夏の時期に半ズボンを
履いていると「渡辺さんもスネ毛はえるんですね」と言われたことがある。
勿論僕の血中にも男性ホルモンは流れ、人並みにすね毛も生えていた。

そんなことを言われながら過ごすうちに僕の潜在意識下には、
すね毛に対する、体毛に対する違和感、もっと言うなら
憎悪のような物を醸造していく。

なぜ、完全であるべき人体に斯様な醜いものが群生しうるのか。
気が付くとその様な答え無き問を問いかけ続ける日々が続いてくので
あった・・・・

さて、ますます方向性がよくわからなくなってきたので、今日はこの辺にしておきます

口直しにオルカの写真でもどうぞ

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長野県木島平にて

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