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ロードバイク インプレッション colnago c60 太極を身に纏い 4

いよいよ乗り込む前に一つだけ。
トップチューブを彩るグラフィック。良く見てみると往年のコルナゴボーイをモチーフにしてあるような気がしてくる。

真偽のほどは分からないけれど、一度脳がそう認識してしまったら最後、そのように見えて来てしまうのだ。

ここにも過去と今を繋ぐモチーフが一つ。

c60に乗る前に色々とコルナゴについて予習してみると、直進安定性、重厚な踏み心地の高速域にフォーカスされたレースバイク、という所で大体の評価が定まっている。
勿論モデルによって味付けは様々だけれど、根底に流れる思想とテイストは共通の物だろう。

それを念頭においてペダルを踏み込んでみると、肩透かしを食らうかもしれない。軽いのだ。あまりにも軽快にペダルが降りていく。最新のモノコックモデルを思わせる初速から中速度域の味付け。

多少はゴリマッチョでフレームと格闘し、組伏せる様にして速度を獲得していくバイクを予想していたのだけれど、蓋をあけてみると想定外に素直なのり味に驚かされる。

気品溢れる外観と相まって、乗り手を奥深く包み込むような感覚さえ覚えてしまう。

ハンドリングは至ってナチュラル。直進安定性は言わずもがな。下りにおいても何の気を使う事なく車体を傾け、思った通りのラインをトレースできる。これはフォークの400g超という数字が精神的にも効いているのかもしれない。

振動吸収性。いなす、でもない。逃がす、でもない。押さえ付けるでもない。大型帆船が荒波もその巨躯のスケール感でなかった事にしてしまうような感じと言ったら分かって貰えるだろうか。

コンフォートバイクとまでは言わないにしても、レースバイクとは思えない程の滑らかさでギャップを吸収していく。

全てにおいて穏やかで、乗りやすい。挙動に余裕がある。懐が深いと言ったらいいだろうか。

だけど、これが本当に武闘派、ガチゴリのレーシングブランド、コルナゴ半世紀の集大成なのか?

伸びやかに、実に気持ちよく中速域まで吹け上がっていくが、ある一線から加速が頭打ちになってくる感触がある。そして、この一線を力づくで踏み越える時

ロードバイクの一つの奇跡を体験する。

 

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ラグドフレームのC60はしかし、いかにも最新のモノコックを思わせる優等生ぶりだった。そこまでは。 それが一転する。

カーボンモノコック製法の発達によってロードバイクの形状は飛躍的に自由度を増して、形状によっても強度をある程度コントロールすることができる様になってきた。角断面だったり、極太だったり、箇所によっては極限まで薄くすることでできる。パイプ状のチューブを組み合わせていた時代から比べると各チューブの厚みを可能な限り薄くすることもできるようになってきた。

一般的、古典的ラグドフレームは昔ながらの比較的細身のパイプを使用する。太さ、形状によって剛性をカバーできないので、パイプ外径は細くその分、厚みを持たせないとならない。結果重量が増してしまう。

が、このパイプの厚みと、円形に近いパイプの自然な撓みが絶妙に人間の生態感覚にマッチしてくるのか、どこかオーガニックで自然なフィーリングを生み出すことが多い。

今になっても595やVXRS何かが評価され続けるのもカタログデータ的な目に見える数値もさることながら、この辺の微妙なアナログ感覚が残っているからなんだろう。そしてそれは過去のコルナゴバイクにも当てはまっていたと思う。

今回のc60に関しては、ラグドフレームの枠組みの中にありながら、各チューブの造形はモノコックのそれであり、薄い部分は薄くしてしなり、剛性、乗り味をコントロールしてあるように感じる。その辺が前述のモノコックぽさを演出しているのだ。

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しかし優等生的なモノコックバイクはすでに巷にこれでもかとあふれている。COLNAGOの正統なバイクにその要素は求めていなかったのだ。欲しいのは分厚いパイプの織り成す重厚なスピードの愉悦。

だけどその浅はかな考えは乗り込んでいくにつれて一蹴される。

スピードのある一線を超えると、それまでは甘さを残していたようなフレームの表層が剥がれ落ち、徐々にその野獣の本質が顕になってくるのだ。

 

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