IMG_20151014_140154535

ロードバイク インプレッション colnago c60 太極を身に纏い 5

それはロードバイクの過去と今を繋ぐバイク。置き去りにしてきた過去とそれを無自覚なままに進み続ける現在の仲立ちとなり、また違った未来の可能性を仄めかす。

生と死の始原、善と悪の彼岸。

太極の座から鉄と、炭素と、樹脂と車輪の固まりに殉じた過去の魂たちとそれを受け止め続けた器たちが、一人の匠の手をを通してこの時代に形を成した物なのかもしれない

いかにも洗練された、優等生のような乗り味は踏みしめる力が増し加わるごとに、徐々に徐々に、いつの間にかひどく根源的で荒々しい力の発露に変わっていく。

それは速度域の変化と共に太く、異形で流麗な現在のモノコックボディが徐々に徐々に、昔ながらの細く分厚く重いカーボンパイプで構成された車体に変化していくような錯覚を覚えるのだ。

この変化はシームレスな様でありながら、ある一線を越えると暴力的な加速力をもって路面と乗り手の心を鷲づかみにする。

はじめから重厚なコルナゴの世界観を見せ付けるのではなくて、あえて現代的な乗り味から始まり、連綿と受けつがれてきた伝統へと回帰していくような個性がフレームに付与されているのだ。

だからc60に乗ってある程度の距離を走り、心地よく脳がハイになってくる頃には、自分が走った後にロードバイクの年表が横たわっているような感覚に陥ることがある。そこには数多くのコルナゴに跨ってきた名も無き勇者たちの姿が折り重なる。そのプロトンの先端を自分が走っているのだ。

思わず萩原朔太郎の詩を思い浮かべてしまった。

バイクの性能どうこうで表現できるようなものではない。まさにコルナゴがロードレースと共に歩んできた歴史が凝縮され、フレームに宿されている。

IMG_20151020_172756330

総体はラグドフレームでありながら、どこかモノコック然とした味もある。

メインチューブは近代的でもあり何処か中世ヨーロッパを思わせるような意匠が施され、さらには伝統のコルナゴボーイの姿がそこに重なる。

ジルコチューブの複雑な陰影と荘厳なオーロラのような塗装膜はフレームに光と影を同居させ、専用開発されたBB機構は伝統のねじ切りと圧入タイプ、両方の要素を兼ね備えている。

そして乗り味は、過去と現在、死者と生者の仲立ちとなり、全ての自転車に鎮魂歌を歌っているようだ。

今、このフレームの中に光と影、過去と未来、生と死。全てが交じり合い秩序をなしている。。

c60は太極を身に纏っているのだ。

c60を彩るこれらの全ての要素が呪術的装置となり有機的に機能して本来交じり合うはずの無い概念を一つにまとめ、更なる高みに昇華させている。

これは狙った物なのか

それともエルネスト・コルナゴ氏は‘自転車に作らされたのか‘

これじゃまるでゲッター線に導かれて真ゲッターを作ってしまった早乙女博士のようじゃないか。

IMG_20151021_194406900

ただひたすら速く、全うなレースバイクであれ。そう願い、ロードバイクに魅入られ、人生をささげた男がそのキャリアの果てに残したもの。それは錬金術で言うところの第四物質、エリクシル、わかりやすく言うなら賢者の石のようなバイクだった。そう考えるとなんだかわくわくしてくる。

とにかく妄想はもうこれで終わりにして、冬までの残りわずかな時間、もう少しc60に乗り込みながら、連綿と脈づくロードレーサー達の魂を感じることにしよう。

結論を言うと、美しいから飾っておきたくなるけど、床の間バイクにするにはあまりにもったいない、ということで締めさせてもらいます。

rp_o0480064013336622591.jpg

 

TOPへ

 

 

 
にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA