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ロードバイク インプレッション BMC SLR01 カーボンフレームは電気羊の夢を見るか 1

原題: Do Androids Dream of Electric Sheep?

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

そしてBMCのこの数学的なフレームは果たして夢を見るのか?

フィリップKディックの傑作SF。本の内容がおよそ想像できないような原題が、訳の分からない日本語訳に訳されなかったのはSF史に残る幸運な出来事の一つだと思っている。映画、ブレードランナーの原作でもある。

このなんとも哲学的で退廃的で美しいタイトル。ディストピアを思わせる暗い荒廃した未来の中で、地面をはいつくばってでも生きる人間達。人間とアンドロイドの違いとは何なのかを掘り下げる事で人間とは、意識とは、命とは何かを浮き彫りにしようとしたこの作品。

BMC SLR01というフレームに触れ、その本質は何だろうと問いかける中でこの作品の事がふと頭に浮かんできた。

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そもそも、どれだけ趣向を凝らして各フレームメーカーが新しい機軸のフレームを創造したとしても、結局はパイプ状の構造体でトライアングルを二つつくり、それをつなぎ合わせる形で自転車の大本は構成されている。

駆動効率90パーセントを超えるとまで言われ、基本的な構造とフォルムはもう100年以上姿を変えていないのが自転車というもの。

それでも佳く耳を澄ませて乗り込んで行くならば、それぞれのモデルには間違いなく個性があり、ロマンがあり物語がある。ならばその理由はどこから来るのか。幾何学、力学そういうもののだけじゃない何かが無いだろうか?

それが知りたくて、幾台ものモデルを所有して乗り比べてみたりしているのかもしれない。

最近至った考えに、「やはりある種の自転車には魂が宿っている」と考えるようになった。

これはおそらく何時になっても機械で計測出来る物では無いだろうし、聖書の記述をたどるなら、神は人間にだけ己に似せて霊を吹き込んだのであって、所詮物質である自転車に霊だの魂だのが介在する余地は本来ならばあり得ないはず。

ましてやロードバイクは限りなく無駄を省く乗り物であって、魂の位置する座なんてわざわざ確保する余地があるなら、その分軽量化した方が理に適っているかもしれないのだが、

だけど、それでも

自転車にこんなにも多くの人間が魅了され続けている。たかだかカーボンや金属のフレームにはやっぱり何か魂とか霊性のような物がこめられてしまっている、と期待しないではいられないのだ。

 

だから、今回のBMC SLR01と向き合ってみる。おそらく今現存するモデルの中で一番人の手の入り込む余地の無い、言い換えれば魂の宿りにくい筈の、知性と数学に拠ってひねり出されたようなフレーム。

僕のこの疑問にどんな風に応えてくれるのか。

高校生の頃に読んだディックのこの小説をすごく久しぶりに読み返しながら人間とは、意識とは、魂とは。そしてBMCはこの数学的なフレームをどんな思いで作り出したのか。探ってみた。

 

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