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ロードバイク インプレッション BMC SLR01 カーボンフレームは電気羊の夢をみるか 2

よく、人は歳を重ねるごとに一日を体感する時間が短くなっていくという。

歳月と共に知識、体験の引き出しが落ち葉の様に積み重なる。その度に人生の新しい発見は少なくなる。感情は少しづつ磨耗していく。そうして歳月をただただやり過ごすようになっていくのだと。

最近になってその考え方に違和感を覚えるようになってきた。

昔には感じられなかった故郷の美しさと四季の移ろいを、ハッキリと知覚するようになったのは間違いないことだ。

夏の、都会の喧騒とはかけ離れた静寂の中で、罪悪感を覚えるほどにただただ青く高い空を認めるようになったのも三十を少し過ぎてから。

バブル期の狂騒の夢が覚めて、時代から切り離され、日に日に寂しく枯れて行く故郷の日常をそれでも、美しいと感じるようになったのも。

身の回りを取り巻く様々な現象も、感情も歳を重ねるごとにハッキリと味わい深く感じるのだ。だから、一日を短く感じるようになっていくのは慣れて、すれて行くからではない。

もっと濃密な時間を、時を忘れるほどに過ごしていくようになっていく。そう考えるようになってきた。

だってそのほうが希望的じゃないか。

およそ二十年前に高校時代に背伸びして観た映画、ブレードランナーも、だから今見るとぜんぜん違った映画に見えてくるし、そこにSLRの生い立ちと存在の意味が重なって見えてくる。

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正直な事を言うと、BMCというメーカーが今のように、LOOKやcolnagoやピナレロ何かと並んで憧れのバイクブランドのトップエンドに名を連ねている現状に少なからず違和感を感じてしまっている。

別にBMCを卑下しているのではない。

そもそもBMCというブランド名称自体が何処か人を喰っているのだ。

Bigelow Mounting Company が正式名称なのだけれど、Bicycle Manufacturing Company の名称の方が通りが良い。

SLXに憧れていた頃に、BMCがBicycle Manufacturing Companyなんて元も子もない略称だったことを知った時にはちょっとがっかりした記憶もある。

SLT,SLCが旗艦モデルを務めていた頃から作り出すバイク全てがどこか異端で、鋭利でクールだった。

仮にどれだけモデルがヒットしようとも絶対にメインストリームにはなりえない、何処か自転車業界を斜め上から見ているような立ち居地。

全てのモデルに共通するのが「実験的」で「数学的」で、人の感情に訴えかけるよりも導き出されるデータを優先するようなルックス。

そして必ずどれだけバランスを取っているように見えても、意図的に破綻した箇所を何処かに残している。

その物造りに関わる姿勢はまるで、どの要素を切り取って行ったならその物体は自転車とは呼べなくなるのか、その限界線をモデルごとに探っているかのように僕の目には映っていた。

そして実に不思議な事なのだけれど、これだけ無機質で人間の生理にそぐわないようなバイクをラインナップに並べておきながら、

BMCのバイクは何処か暖かなオーラを放っていたのだ。

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多分、というか当たり前の事だけれどBMCは物凄く自転車という物を愛している。

だからこそあえてBicycle Manufacturing Company なんて人を喰ったに様な社名をつけて、自転車業界の外側に立って記号のようなバイクをシーンに放り込み続ける。

自転車を作っているのではなくて、自転車という「現象」に向き合っているのだ。

自転車って何なんなんだ?誰よりもその疑問と愛が深いからこそ、あえて実験的で挑発的なモデルを作り続けてきたのではないか。

だから僕はひそかにBMCの事を「メタ自転車ブランド」と呼ぶことにしている。

そしてアンドロイドは電気羊の夢をみるか?この小説も「メタSF」と呼ばれているのだ

 

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