ロードバイク インプレッション cervelo R3 SL 幼年期の終わり 2

木島平の晩秋。早くも迫りくる冬の足音を聞きながら、天気の良い日には惜しむようにして自転車に乗り込む日々が続いている。

恐らく今年最後になるライディングの相棒を務めるのは、およそ一年ぶりに乗り込むことになるcervelo R3 SL 。前日の雨が空を綺麗に洗い流してくれている。抜けるような青空の下で久しぶりのR3を満喫するはずだった….のだがちょっと困った事態に直面させられるのだ

 

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凛と浮かび上がる黒く染め上げられた車体。

虚飾を廃したシンプルなブランドロゴとグラフィック。個人的にはむき出しのカーボンが浮かびあげる折り目や、UDカーボンの毛皮のようなランダムな模様が好きだったので、どうせ黒塗りにするならカーボン素地をいかして欲しかったな、と手にした当初は思ってもいた。

見慣れてくると、決して手の込んでいるとはいえない塗装がむしろ凄みを伝えてくる。これは速く走るためのバイクなんだと。

マイナーチェンジする前のR3ーSLはカラーバリエーションはモノトーンの物しかない。トップモデルは全てをそぎ落としたような存在。と言うスタンスはなんだか格好いいではないか

角材のようなダウンチューブや紙のように薄いシートステー。対照的に当時のバイクとしては圧倒的なボリュームのチェーンステー。各部のデザインに連続性は無く、全体をみるなら理論と効率を突き詰めたアイコンをぶつ切りのまま寄せ集めた様な印象だ。

色彩は無いけれど中世モザイク画を見ているような気分になってくる。

BMCもとても数学的、記号的なバイクだったけれど何処か人為的なデザインを施した跡はあった。このcerveloが描き出すのは、もっと直接的で記号的な動的効率へのアプローチ。

ヨーロッパ車のように官能的な美しさを持って人の感性に訴えてくることはない。筈なのに直線を基調としたシルエットに美しさを感じてしまうのは何故なのか。

早稲田大学数学科に在籍していた一つ上の兄言わせると、数学は「神を記述する学問」なのだそうだ。森羅万象は全て数式で表せることが出来る。出来なければならない。突き詰めていくならこの世を統べる事象の根源にあるのは数式なのかもしれないのだ。

高次元の深淵に住まう創造主は、白髪の老人の姿をしているのか、偏在するネエルギー体なのか、それとも数式を自動生成するタイプライターのような姿をしているのか。個人的には神は己に似せて人間を作られたので、あってやはり人間と同じ形をしている事を切望しているのだけれど。

それでも人の手が入っていない自然をつぶさに観察していくとあらゆるところに黄金比率1:1.618やフィボナッチ数列なんかが万物創生の根幹に関わっているのを思い知らされる。そしてどうやら人間が美の感性とこの数式も強い関連性を持っているのだ。

だから神の創造の業と、数式と、人間の美の感性は大きく関わっている。

話が大きくそれてしまったのだけれど、R3に感じた美しさは総合性ある数式が人間の遺伝子に訴えかける根本的な美しさと同じ属性の物なのだろう。

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ひとしきり嘗め回すようにして工学的な美しさを堪能して、ペダルに足を乗せ漕ぎ出してみる。

うちで所有しているバイクで思わず顔がにやけてしまうバイクは595とR3の二台なのだ。勿論それは好みの問題でもあるのだけれど。

とても5~6年前のモデルとは思えない完璧なのり味。

力強さと柔軟性、全体を数学的なクールさが纏めながら、暴力的、狂騒的な加速力も併せ持つ。595は人間に寄り添う親和性で思わずにやりとさせられるのだけれど、R3は純粋な動的性能で頬が緩んでしまう。

595は意図的にあらが残してあって、そこに人間が付け入る隙があるのだけれど、こいつはその隙がない。完璧なまでに煮詰められた性能を、ただただ官能として受け入れるしかないのだ。

だから、乗り込んでいくにつれて少し頭を悩ませることになる。このバイクについて一体何を書けばいいのだ?

 

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