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ロードバイク インプレッション cervelo R3 SL  幼年期の終わり 3

cerveloのアイコンの一つだった超薄型のシートステーと極悪なまでに太いチェーンステー。フレームリアトライアングルで、担う応力をくっきりと二分する構造は、いつの間にか近年ロードバイクのトレンドの一つになってしまった。

scott addict SLにいたってはシートステーは強度的には無くても大丈夫、なんて事をプレスリリースで語っている。この大丈夫、は100人乗っても大丈夫な物置とどちらが大丈夫なんだろうかと考えてしまうのだが。

R3の角材のようなダウンチューブ、露骨なまでに動力伝達力を追求しているBB周りからチェーンステーのボリューム、対照的なシートステーが描き出す華奢な直線は、当時のローディーたちにどう受け止められたのだろう。

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先日歳の一回りも違う大学生と話す機会があり、何の流れかスキージャンプの話になった。「今では当たり前になったV字ジャンプだけど、昔は板をそろえて飛んでたんだよ」

その学生にとってはスキージャンプはV字が当たり前であって、板を平行にそろえて飛んでいた時代があったなんて想像もつかないらしい。

その当時にV字で飛び始めた海外の選手を取材した番組を何の折にか見た記憶があって、その扱いは「なんだか個性的なとびかたをしている奴がいるぞwww」的な扱いだったのだ。徐々にV字が記録を伸ばし始め、いつの間にかV字飛行がスタンダードになってしまった。

天動説と地動説しかり、新しい価値観と異端扱い、迫害は切っても切れない関係にある。

フレームのセクションごとに担う役割を明確にして、ブツ切れをつなぎ合わせたような異形はフランケンシュタインを思わせる。トライアスロンバイクのイメージが強かったcerveloがこんなにも無骨なコンセプトと、場当たり的な塗装を持って(失礼)パッケージングして世に送り出したバイクだ。

良くも悪くも目立つだろう。浮いてしまうだろう。

同じく直線的でアイコン的要素の強いバイクを作っていたBMCは、それでいてデザイン性も優れていたので、もう少しシーンに馴染んでいたと思う。

それでいて折り紙つきの高性能。高剛性とエンデュランス性。当時はまだまだ相反していた性能をあり得ない程の高次元で纏めてしまった。そして過酷な石畳を制し、ついには世界最大の自転車レースを制してしまう。

当時の人々がどうこの異形を受け止めたのか、リアルタイムに流れを体験していない身としては想像するしかないのだけれど、自転車に様式美を求めるような人々は当然拒否反応を示したのだろうか。

cerveloしかり、トレック、スペシャライズドといった北米ブランドに、こうした古を愛する人々の神経を逆なでするような元も子もないフレームを作り出す傾向があるように感じる。

伝統と古い価値観にがんじがらめにされたヨーロッパを抜け出し、新しい国を開拓した人々の遺伝子と合理主義そうさせているのだろうか。

そしてその徹底した合理主義の感覚がこうした機材色の強いバイクを産み出し、レースを席巻していく。

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scottがcr1でフレーム単体1000gを切ってから、カーボンフレームの流れはいかに「軽く」いかに「強く」を追求する流れが間違いなくあった。

軽量化の為にフレームを構成するマテリアルの総量が少なくしていくなら、それだけフレームの剛性が減っていきそうなのは猫でも分かる理屈だろう。

この相反する要素を両立させていくためにカーボン繊維やそれを固める樹脂の研究と共に、フレーム形状そのものを工夫する事で強度を出す研究が進んでいく。

この「強く」「軽く」の流れを単純に突き詰めていった山の頂上に当たるのがこのR3SLと他のいくつかのバイク達なのだと僕は見ている。

R3SLのフレーム実測重量はおよそ810gだった。先代のaddictSLとほぼ為を張る重量だったと記憶している。それでいて剛性もトップクラスだった。

僕のR3、80mmと短く極太のカーボンステムの剛性を差し引いても、確かに強い。同時期のS-worksSL3と遜色ないレベルじゃなかろうか。これ以上は僕の足では差が分からない。それでいて野生動物のようにしなやかに滑らかに走るのだから、これは一体どうなっているのだ。まるで奇跡の様じゃないか。

このR3。剛性感に加え険しい石畳を走破する快適性の両立、をコンセプトに作られた筈なのに、重さを量ってみたら軽くてびっくりした。という逸話を聞いたことがある。どこまで本当なのか分からないけれど。

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とにかく、カーボンフレームの進化の過程の一ページに、もっと軽く、もっと強く。モアパワー、モアウェイトレスを追求した時代があった。

そしてその単純な要素を突き詰めていく時代の流れは、何処か明るく無邪気で希望的なビジョンを持って、足を次々に前に踏み出させるような力強さがあった気がするのだ。

だけれども。

僕はその無邪気さを思う時、ある事実を持って胸に影を落としてしまうのだ。

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