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super six evo himod 乗り込み 8~9日目 滞ることない力の伝達

addict SLはevoに比べてフレームセットで約100g軽い。組み付けた車体重量で比べるとおよそ1kgの差が出てしまった。1kgの差は大きく、addict運動性能はevoのマイルドな加速フィーリングに慣らされていた体を否応なしに刺激する。

ゼロ発進の、ペダルを足に乗せるその瞬間、刹那のタイミングでレッドゾーンまで吹け上がるようなペダルの軽さと加速感。平地でダンシングした時の全体を纏うソリッドな感覚は地面をじかに足で蹴り付けるような感覚を覚える。

同じ超軽量車のカテゴリーで、共にデンクの衣鉢を継ぐ存在として比較するなら、後発のaddictに圧倒的なアドバンテージがあるように感じてしまう。この時代に、evoに乗る意味はあるのか?そんな考えすら頭をよぎってしまった。

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軽く、硬く、ソリッドでいながら絶妙なしなやかさでバランスをとっている新生addictSL。

光の粒子の質量にさえ反応し、宙に舞い上がる綿毛の軽さのそれは、アスファルトにタイヤの跡こすり付けることなく軽々と前方に進んでいくような錯覚を覚えてしまう。先代以上の中毒性を持つ過激なバイクだた。

その鮮烈な感覚を身に刻んでしまうと、evoがどうにも凡庸に思えてならず、次の日に再びevoにまたがる時には不安を感じてしまった。evoはaddictをはじめ後発の超軽量車の露払いに過ぎないのかと。

 

そうしてまたがるevoは、僕の浅はかな考えをいとも簡単に覆してくれたのだった。addictの印象が鮮烈であるほど、軽やかであるほど、一見地味にも思えたevoの乗り味がむしろ光を放ってくる。

そもそもevoとaddictは同じ土俵で比べるべきバイクではなかったのかもしれない。デンクの直系と、デンクの衣鉢を継ぐ残された者達。同じはかり竿の上に並べてしまえと簡単に断じてしまったのだけれど、事はそんなに単純ではなかったようなのだ。

evoは、演出をしない。1の反応を3にも4にも見せかけるようなリアクションもしなければ、身をよじり、かわし、しなだれる乙女の様に柔らかさを見せる事もない。

addictに乗って気づかされたことの一つ。evoの動作は、力の伝達のプロセスが等速で動いていく感覚。ペダルが降りていく時、常に一定の速度と抵抗感でペダルがすっと降りていく。どこかで溜めを作るでもなく、踏みはじめに抗い、そこから一気にトルクが開放されるでもない。

入力されたトルクが駆動部を伝い、車輪を回しアスファルトに伝わる。そして車体が全身する。その身体に知覚できるかできないかの僅かな時間の中で成されているエネルギーの流れが、常に一定の速度で流れている感覚。

この等速感がevoの肝なのか。そしてこの感覚は瞬間的には鈍さ、何か一枚の膜に包まれている様な感覚を瞬間的には覚えてしまう。それがはじめに感じたもどかしさの正体だったのかもしれない。

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急に、唐突に、文法の脈を飛ばすような、そういう所作がevoにはないのだ。だけれど、実際に走行に使われ、変換され解き放たれるエネルギーはトップエンドのレースバイクのそれと全く変わらない。

フレームの隅々まで滞ることなく流れる力の伝達。それを生み出すためにバリも無駄もないフレーム構造が求められ結果的に無駄なく軽量な躯体が作り出されたのかもしれない。

この辺の感覚がわかってくると、evoの何の演出もない、ただ自身の力を変換し車輪に伝え進む自転車に乗るという行為の持つ、本質的な愉しさが滲み出てくるのだ。

時間を、距離を、他者を力でねじ伏せ競うレースバイクの喜び、興奮とはまた別種の物。

自分の力だけに寄って立ち、できる限り遠くへ行こうとする旅人の本能のような物が人の遺伝子に組み込まれているなら、その本能の部分をevoは刺激してくれる。それも一級品のレースバイクの性能を持ちながら。

これに対してaddictの運動性は、過激な中毒性は演出過剰な物にも思えてきてしまう。

 

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