ダマスカスの話 続き

どうやら父親にへし折られた包丁は本物のダマスカスではなかった。

本物のダマスカスならばうちの父親の膂力ごときと、冷凍食品をごり押ししたくらいでは歯こぼれ一つ起こせない。はず。

だって伝説の金属なんだもん。

そんなことは露知らず父親に
「これは伝説の金属で作られたたすごい包丁なんだぜ」

「さびない、かけない、かみそりのような切れ味。インドに
ある決して錆びない鉄柱と同じ構造をしているらしいんだぜ。現代のオーパーツだぜ」

と自慢してしまった。僕としては古代のロマンが秘められた
金属を通して父親とコミュニケーションを図りたかっただけだったはずなのに。

そんな淡い期待は、ステンレスの刀身と共にあえなくへし折られることになった。

あとあと調べていくと、この包丁は僕の求めるダマスカスではなかった。
というよりロストテクノロジーのはずの逸品が、通販で諭吉さん一人と交換できる訳は無かったのである。

この、コレジャナイ感のあるダマスカス包丁とはどんな代物なのか。

簡単に言ってしまうと、ちょっといいステンレス芯材の周りを装飾用に
金属層で模様をつけた包丁。

比較的炭素含有量の多い芯材で刃をつくる。
その廻りを金属のミルフィーユのような層で多い、特殊な模様を演出した代物。
ダマスカスとは銘打ってあるものの、似て非なる物なのだ。

つまり、炭素含有量とそのた諸々の元素を混ぜた、

ちょっといいステンレス包丁の
周りを装飾用に金属層で模様をつけた包丁。

悔しさのあまり二回言ってみた。

本物のダマスカスは特殊な模様の浮き出た金属で刀身全てを作ってあるはずなのだ。

結局自分用に買ったもう一振りのダマスカススペシャル(実際の商品名がこれだった)
もそのままお蔵入りすることになってしまった。
なにせ、家にある通常の鋼の包丁のほうが良く切れるのだ。

もしかしたらダマスカスとは「騙す滓」
僕のような疑いを知らない小消費者達を美辞麗句で飾り立て、騙し、搾り滓になるまで貪ろうとする
大人たちが作り出した一つの消費概念なのではないだろうか。

それは地球温暖化やマイナスイオンやロードバイクのエアロ化あたりに似ている。
実効性の疑わしい数字をもっともらしく権威付け、新しい市場を作り出すことで
われわれの固い財布のガードを突破しようとする彼らの策略なのだ。

この時に投じた二万円は、手痛い授業料になった。そんな風に一人考えていた。

それから数年、仕事で本格的な包丁が欲しくなり、だらだらとネットサーフィンをしているときである。
今度こそ本物かと思われるダマスカスに出会ってしまった。

今度の物は刀身まで一つの鋼片でできている。
ミルフィーユのような霞がかった模様ではなく、はっきりとツイストやラダーや鳥の目の模様が
ランダムに浮き出ている。

コレジャナイダマスカス(以後「騙す滓」)とはかもし出す怪しいオーラが全く違う。

いわく、ヨーロッパ、トルコ地方のとある一族が密かに失われていた技術を継承していた、とか
とある職人集団が独自技術でほぼダマスカス技術を再現したとかそんな説明文が書かれている。
これはいよいよ買ってみるしかなくなって来た。

もちろん、騙されることを覚悟の上で。

そもそも、本来のダマスカス鋼自体、鉄の鎧を両断した、だの隕石の一部が使われているだの
怪しい伝説がついて回るのだ。

さらには以前読んだ何かの記事には、遺品として残っているダマスカスを調査すると、その内部にカーボンナノチューブ状の構造体が見つかった。

一度は再現に成功したかに思えたダマスカスの原理はこれにより再び闇に包まれてしまったのだ。

伝承によると、坩堝の中に金属だけではなく、ある種の植物、皮革なんかも入れて合成している、なんという説もあってますます訳がわからなく
なってくる。

こういった代物はそれらの風説にあえて騙されながら楽しむものなのだと思う。
いちいち本気にしていたら埒が明かない。
古い日本刀の一部には、現代技術の粋を尽くして作った刃物を凌駕する切れ味を有する物もあって
その組成を科学的に検証しても、解析不能のものがある、といった話も聞いたことがある。

鉄、刃物、刀剣にはどこかこういった超科学の香りがしていて、僕なんかはそういう物に
ついつい引き寄せられてしまうのだ。

それにしても、一振り入手して見たいものである。果たして嫁さんが許してくれるかな。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA